滑石3丁目の片隅から

c0191972_19334627.jpg

カナダ時代、留学雑誌の仕事で、
日本の大学生を取材することが
ちょくちょくあった。




それぞれに思いを抱いてやってきた
ひとりひとりのストーリーはとても興味深く、
毎回、有意義なインタビューをさせてもらった。

ただ、8年前くらいからだろうか。
ちょっと気になるフレーズが耳に止まり始めた。

「個人的には」という言葉。

これから会話を始める若者が
いつのまにか増えてきたのだ。

「どうしてカナダに留学しようと思ったんですか?」
「個人的はーーーだと考えて・・・」

え? 今、個人の話してるんだよね?
と心の中でつっこむ。

「なぜそう考えたんですか?」
「ボク個人的にはですねーーー」

え?これ若者で流行ってる!?


c0191972_19342261.jpg


10分の会話で、「個人的に」が、
数回出てくるほど口癖になっている大学生もいた。

礼儀正しい青年であったが、
話すたび、こちらの顔色を伺ってるのが痛々しい。
若いってもっと無防備じゃなかったのか?

「今、個人的な話をしているんだから、
そんな前置きはしなくても大丈夫だよ。

あたしと一対一なんだし、自分の意見は自分の意見で、
変な保険などかけず、
のびのびと自由に会話していいんだよ」

生意気くらいでちょうどいいんだよ
と、いつまでも生意気な私は言ってあげたくなったのだ。

c0191972_19335272.jpg

振り返ってみれば、我が学生時代は、
言いたい放題、侃侃諤諤意見ぶつけあっては、
議論になったり、ケンカになったりの日々。

喫茶店でも居酒屋でも所構わず
お互いが思っていることを語り合い、
時に返り血も浴びたりしながらも、
丸腰で相手に挑んでいったアツい時代。

そんな中で自分自身のアイデンティティも
知らず知らずに形成されていった。

c0191972_19334033.jpg

へたくそな陶芸家が作る茶碗のように、
出来上がったかと思えば、
ブレブレになっていびつになっては崩れ落ち、
また最初から作り直したりすることの繰り返し。

そうやって作られていった自分の形は、
人々のと関わりの中で出来上がっていったもので、
いびつなだけにかなり情けなくもあり、
ちょっとだけ愛おしくもある。



c0191972_19334676.jpg


そう、私は前置きがきになるタチなのかもしれない。

本の中で、「誤解を恐れずに言うと」という言葉など出てくると
どうも反応してしまう。

え!?
恐れてないなら、言わないでもいいんじゃないのか?

心の中でツッコミながら、ページをめくる。
そしてしばらく読み進むと、また出てくるのだ。

c0191972_19334677.jpg

「あえて誤解を恐れずに言うと・・・」

おおお、おめえよ、また言うか、それを!
繰り返すほど、誤解恐れてるってことやんけ。
本出すんなら、ハラくくらんと!

と、またもや著者にツッコミながら読むので、
本筋から離れ、あれ?どんな内容だったけ?
となることも多い。


c0191972_19335256.jpg

なにやら本日は、世の中に物申す
ちょっとエラソーなおりつあんである。

おめえ、いつからご意見番になったのか?
と己にツッコミつつ、
ここまできたらさらに調子に乗って言おうではないか。

facebookでも気になる前置きがある。

「このたび、私○○は、個人的なことでありますが・・・」

から始まる引っ越し、結婚、退職、就職などの話だ。

これは仕事用でなく、おめえさんのfacebookじゃないのかい?
そんな断りなどいれず、個人的なことをじゃんじゃん自由に書こうよ!と。

まあ、個人的なものだから、
どんな書き出しをしようが、それこそ、
そのひと個人の自由なんだけどね!!笑

c0191972_19341893.jpg


ただ、この滑石3丁目の片隅から、
世界に愛を持って叫びたいのは、
もっと無防備に生きようではないか!
ということ。

変な前置きなんかかっ飛ばし、
裸ですこーんと相手の懐に飛び込む
無邪気なオトナでいようじゃないの〜!

10代から20代にかけてぶつかり合った友は、
30年もの時が過ぎた今、
どんなことでも受けとめあえる大切な友である。


***
写真は南仏、エクス・アン・プロヴァンスの街角から

[PR]
by 55ritsuko | 2017-04-22 20:53

RITSUKO NISHIZAWA  photographer。中学教師18年→カナダ生活6年→故郷長崎を拠点に世界を旅する。


by 55ritsuko
プロフィールを見る
画像一覧